豊栄尋常小学校のアイヌ児童と卒業生。二列目中央の、佐々木長左衛門校長をはさんで
左は川上コヌサアイヌ氏、右は平山布教師。近隣の父兄も幼児を抱えて写真に収まっている。
大正9年11月末頃の写真。(佐々木豊氏提供)


知里幸恵のこと
三列目、左から三人目は知里幸恵(17歳)。彼女は大正5年、上川第五尋常小学校卒業(大正7.4、豊栄と改称)。翌5年、上川第三尋常小学校高等科(のち北門小)に入る、6年4月に区立女子職業学校を受験し4等で合格し入学、9年3月に卒業している。この年9月、同小学校の創立満十周年記念式典では同窓生代表として祝辞を読んでいる。
大正7年の夏、伯母の金成マツを訊ねて来訪した金田一京助と出会い、11年5月に上京し「アイヌ神謡集」の作業に取り組み、発刊を見ずして9月に亡くなっている。
※佐々木長左衞門は、上川尋常高等小学校(のち中央小)から大正7年4月、上川第五尋常小学校が改称され豊栄となった年の校長として就任しており、知里幸恵は2年前に卒業しており直接の指導は受けていない。


旭川小学校の推移

上川尋常高等小学校及び、上川第一から第六の各小学校は、 大正7年4月に以下のように改称。

上川尋常高等小学校→ 中央尋常小学校 佐々木長左衞門来道。明治41年10月8日代用教員として同校に勤務、月俸22円を拝命。10年後の大正7年4月、豊栄尋常小学校校長として栄転。
上川第一尋常小学校→ 日章尋常小学校   
上川第二尋常小学校→ 大成尋常小学校   
上川第三尋常小学校→ 北門尋常小学校   
上川第四尋常小学校→ 朝日尋常小学校   
上川第五尋常小学校→ 豊栄尋常小学校 佐々木長左衞門は、第五改め豊栄となった大正7年4月に校長として着任。同校は、大正12年3月で廃校。児童は北門小、または近文小へ転校する。
上川第六尋常小学校→ 青雲尋常小学校